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酒井法子アジア進出の経緯


<1989年>
 12月   各翠出版有限公司(香港)に日本人駐在員派遣。

<1990年>
  1月   日本人アーチストのプロモーション開始。
   秋   酒井法子の反応あり。集中プロモーション開始。

<1991年>
   春   音楽雑誌,芸能誌等にグラビア,記事,レビュー等が定期的に載るようになる。
   秋   RTHK香港ラジオDJプロデューサー夏妙然(Miss Ha Miu Yin )の協力により、
        シングル・ヘビーローテーションにてオンエアー開始。

<1992年>
  1月   清涼飲料「ウイタル・ピー(維他露P)」CFスタート。今までの人気にさらに拍車をかけるきっかけとなる。
  5月   初の台北コンサート実施。日本人アーティスト史上最大の観客動員を誇る(15,000人)。香港からもマスコミ招待。
  6月   「渚のピテカントロプス」No.1獲得。以後軒並みチャートイン、No.1キープ。
 10月   2回目台北コンサート実施。ライブ映像を収録。
 11月   ビクター開発制作部が酒井法子を起用した松下電器海外向けCFキャラクター契約業務を代行。
        ビクターの海外戦略と連携を図りながらアジア全土に展開開始。
 12月   ビクターとサンミュージックが組んで本格的にアジア進出共同プロジェクトがスタート。
       台湾と香港にターゲットを絞り、松下電器・ワニブックス等の関連会社とも連携。
       業務分担の上、綿密な計画を組み立て実行に移す。

<1993年>
  1月   PANASONICアジア向けCF全土でスタート。
  2月   ビデオ「スタジアム・ライブ in 台湾」を日本・台湾・香港にて同時発売。台湾東版よりワニブックス刊写真集同時発売。
  3月   台湾TVドラマ「我愛美人魚」主演のオファー。条件交渉に入る。
  5月   香港にてCDシングル「あなたが満ちてゆく」を業界初発売。
        台湾にてサンミュージック・特豪製作(TOP HOLE)業務提携。
  6月   台湾TVドラマ収録開始。
  7月   台北の太平洋そごうにて酒井法子写真展開催(7/14〜7/19)。
  8月   台湾TVドラマ主題歌レコーディング(歌入れは東京にて)。台湾にて酒井法子全タイトルをライセンスにて発売(16W)。
        中国展示会にてアンケート。酒井法子の名前・顔の認知度は5割を超える。
  9月   PANASONIC CFアジア全土に引き続きロシアへの展開スタート。
 11月   台湾TVドラマ延期が決定。来年度に備え中国戦略組み立て開始。
        中国への宣伝・販促計画立案,番組販売,レコード会社との条件交渉スタート。
 12月   松下電器2年目のCFキャラクター契約更新決定。同時に中国におけるタイアップ・プロモーション打ち合わせ。
        中国上海・広州におけるCF調査の結果,名前・顔の認知度は8割を超える。

<1994年>
  2月   アジア向けPV制作開始。
  3月   中国CF(ミネラルウォーター,化粧品)の申し入れあり。中国にて台湾TVドラマ放映の仲介オファー。
        香港各翠出版(ビクター 100%が中国での著作権徴収についてサンミュージック出版と共同検討開始。
  4月   中国でのレコード発売条件交渉にはいる。上海と香港でのコンサートがオファーされ検討にはいる。
  6月   北京にて麗港日用化学有限公司の化粧用栄養クリーム「派力新一族」のCF撮影。
        北京音楽学院で「微笑みを見つけた」、「陽光■■」のレコーディング。
 10月   中国でアルバム「微笑」発売。
 11月   台湾で孫耀威(エリック・ソン)とのデュエット・ソング「有縁千里」をレコーディング。
12月25日 アルバム「有縁千里」、台湾・香港で発売。